連載 1996年、新潟の高校生がアメリカへ行くまで
1996年、新潟の高校生がアメリカへ渡った。きっかけは、ラグビーの練習をサボりたかったことと、 バイト先で残った疑問だった。当時の空気と、その後どうなったかを順番に書いていく。
- 序章東京が嫌で、アメリカへ行った1996年、同級生がみんな東京へ行くのが嫌でアメリカの大学を選んだ。新潟の高校生が遠回りして、いま海外で働くまでの序章。
- 第1回「NZは練習が週2日らしい」——留学のきっかけは、練習をサボりたかったことだった1990年代の新潟。ラグビー部の3km走の途中で聞いた一言から、留学を調べ始めた高校生の話。物理2点、赤点だらけ、それでもアメリカの大学へ行くと言った。
- 第2回お山の大将になりたくなかった。いや、なりたかったアメリカの大学の日本校で過ごした1年弱。授業は全部英語で楽しかった。それでも1年でやめてアメリカへ行くと決めた理由は、きれいなものではなかった。
- 第3回1996年9月、新潟すら一人で出たことがなかった出発の日。東京駅で迷い、成田は緊張で記憶がない。シアトルで頼んだエスプレッソは激苦で飲めず、タコベルでは注文が伝わらずコーラだけを買った。
- 第4回まて、ここ?——飛行機が旋回しはじめた窓の外から木が消えていく。何もなくなったところに、ドラクエの1コマのような街が見えた。空港には迎えもタクシーもなく、指をさされた方向へ歩き出した。
- 第5回(執筆中)砂漠の道を歩いた先に何があったか最初の夜、最初の授業、そして英語が聞こえなかった数か月。
この連載について
書いているのは加藤寛明。1996年に新潟の高校からアメリカへ渡り、米国の大学でジャーナリズムを専攻し卒業。 卒業後は日本に戻り、故郷の新潟で非営利の団体を立ち上げ、そして食えなくなった。 2016年からベトナムに住み、日系企業の管理職として働いている。
連載に出てくる留学の実務情報は1990年代のもので、いまは使えない。 現在の費用や制度については別の記事に、確認日をつけて分けて書いている。